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大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)1663号 判決

原告 浜側仁政

被告 中央製糸株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し漁網用綿撚糸二〇番手一二本撚七〇玉、同一五本撚六〇玉、同九本撚九〇玉を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は漁網製造販売業者であり被告は漁網用撚糸の加工販売を業とする会社であるところ、原告は商工省繊維局より昭和二三年度第四、四半期追加分漁網用綿撚糸二、二〇〇封度(二二〇玉)の割当を受けると共に右割当証明書の発給を受けた。而して訴外島谷正雄は昭和二四年三月末頃右割当証明書と後記の原告白紙委任状を被告会社に提出して請求の趣旨記載の漁網用綿撚糸計二二〇玉の売渡方を申入れたところ被告会社は同年四月二日これを承諾しその引渡期日を同年四月二五日と約し原告のため売買契約が成立した。これよりさき原告は同年三月一五日訴外高木繁一に右綿撚糸の購入を委任し、向う二週間以内に現物を購入し得ない場合には直ちに原告に返還すべき約定のもとに同訴外人に対し前記割当証明書と同訴外人の代理権を証明するため原告の署名捺印ある白紙委任状とを交付した。当時綿糸綿撚糸の需給は甚だ円滑を欠き右訴外高木は原告代理人として二週間内に現物の購入ができなかつたところ、同訴外人は原告との右約定に反して右割当証明書と白紙委任状とを原告不知の間に訴外秋山直慶に譲渡し、同証明書及び白紙委任状は右訴外秋山より同池田昇蔵、同田井某、同牧野某、同東亜殖産株式会社に順次転輾譲渡せられ、同訴外会社は訴外島谷正雄をして之を被告会社に提出行使せしめた。そこで被告会社は右割当証明書並びに白紙委任状に基いて右訴外島谷又は同人の指定するものに対し若干の綿撚糸を引渡した模様である。しかし右訴外島谷は原告が右の如き事情で訴外高木繁一に代理権を授与しこれを証するため同人に交付した原告の白紙委任状と割当証明書を偶然手に入れたに過ぎないのであつて原告の有権代理人でないから、たとえ同訴外人が被告会社より綿撚糸の交付を受けても原告に対して有効な債務の弁済とはならない。又叙上の次第で訴外島谷は全然原告を代理する権限を有しないのであるから、代理権の存在を前提とする民法第百十条表見代理の規定はこの場合適用せらるべきでなく、仮に右規定の適用があるとしても、同訴外人が原告の白紙委任状を所持しこれを提示したことは被告会社において右訴外人に代理権ありと信ずるに足る正当の理由があつたものとはならないばかりでなく、被告会社は法令の定めるところに従い、商工局より輸送証明書の交付を受けた上之を綿撚糸に附して原告等製網業者方迄輸送交付すべき義務を負うにも拘らず、被告会社は綿撚糸の輸送証明書を大阪商工局から発行を受けながら之を原告に送付せず、しかも該輸送証明書には原告方に輸送し且つ原告が之を受領した旨虚偽の記載がなされた上大阪商工局に還元せられている事実に徴すると、被告会社の島谷に対する綿撚糸の引渡には重大な過失があつたものと言うべく、従つてこの点からいつても民法第一一〇条に所謂権限ありと信ずべき正当の理由があつたものとはなし難い。更に被告会社は訴外島谷の所持した前記白紙委任状に基ずく同人の権限につき始より疑問を有し、原告に対し直接受註書を送付し、其の後も右島谷に対する引渡しを拒否するかの如き通知をなした事実より見て被告会社は右訴外人が原告の代理権を有すると信じていなかつたものと言わなければならない。又復代理人は更に復代理人を選任することは出来ないのであるから訴外島谷正雄が原告の代理人であつた訴外高木繁一の代理権を前記譲渡の順序によつて順次に代理しているとなすことを得ない。最後に本件売買の目的物たる綿撚糸は当時統制物資であつてその買付は前記割当証明書記載の名義人以外には許されず、割当に基いて之を買受ける権利は当該名義人に専属し、従つて右名義人が割当証明書に白紙委任状を附して第三者に買受けを代理せしめた場合にも、右代理権の範囲は統制法規の趣旨により制限を受け、代理人に右買受権を譲渡すると同様の効果を生ずる如き、代理権の授与は其の範囲において効力を有せず、従つて代理権授与を証する委任状にして白紙の場合にもかかる範囲の代理権の不存在について売主として善意無過失を主張することを得ないものとせねばならない。以上要するに如何なる点より見るも被告会社の原告に対する前記売買契約に基ずく本件綿撚糸の給付義務は全く履行せられていないと述べ、被告の答弁に対して、右割当証明書に白紙委任状を附してこれと引換に綿糸の加工売買及び現品の引渡を為す慣習は公序良俗に反する。またたとえ訴外島谷が債権の準占有者であつたとしても、之に対する弁済は統制法規に違反し原告に対してその効力を生じないと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の日時に原告主張の内容の売買契約が原被告間に成立した事実は認めるが、原告と訴外高木繁一との間に原告主張の約定のもとに前記割当証明書及び白紙委任状が授受された事実は否認し、右高木より訴外島谷正雄まで右証明書及び委任状が転輾譲渡せられ経緯は不知である。右訴外島谷は原告の白紙委任状を有する完全な代理人であつて被告会社は同訴外人を原告代理人として売買契約を締結し且つ履行を為したのである。仮に同訴外人に原告を代理する権限がなかつたとしても白紙委任状は代理権授与を証する書面であるから該委任状の所持者たる右訴外人は一定範囲における代理権を本人より与えられたものと推定さるべく、又之を代理人なりと信じることは正当且つ通常の事例に属し、従つて右訴外島谷を原告の代理人なりと信じ且つかく信ずべき正当の理由あつて被告は同人に対し本件売買契約に基ずく弁済を完了したものである。当時割当証明書に白紙委任状を添付してこれと引換に綿糸の加工売買を委託し之に対して弁済するのは一般綿糸加工業者の慣習とするところであり、更にこれら重要書類を提供する者に対する履行は債権の準占有者に対する弁済と同一理由により有効と見なければならない。従つて以上いずれによるも被告会社の訴外島谷を通じ原告に為した弁済は有効である。原告は被告会社が本件契約の履行をなすに先立ち、割当証明書の真偽を確かめるため原告に対してなした照会を捉えて被告会社の悪意を主張するけれども、これは被告会社が履行に万全を期した為に外ならない。仮りに訴外島谷の本件各行為が狭義の無権代理行為であるとしても原告はその履行を請求するものであるからこれにより追認したものと見るべく、従つて被告会社の同訴外人に対する弁済は有効であるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原被告間に昭和二十四年四月二日原告主張の漁網用綿撚糸計二二〇玉につき売買契約が成立し、其の引渡期日が同年同月二十五日と約定せられたことは当事者間に争がない。被告は原告の右綿撚糸引渡履行の請求に対し、既に原告の代理人訴外島谷正雄にこれを引渡したから弁済済であると抗争し、証人静谷利治の証言と同証言により真正に成立したと認められる乙第三号証及び成立に争なき同第二号証によれば同年同月二十三日右訴外島谷が原告を代理して被告より右物件全部を受領したことが認められ、これに反する証拠はない。原告は右訴外人において原告を代理する権限がなかつたから同訴外人に対する右被告の引渡しは原告に対し弁済の効力がないと主張するので按ずるに、同訴外人が原告の白紙委任状を商工省発行の右物件割当証明書とともに提出して被告と右売買契約を締結したことは当事者間に争がない。しかし証人高木繁一の証言に原告本人尋問の結果を合せ考えると、右白紙委任状は原告が右割当証明書とともに訴外高木繁一に任意交付し、右高木に右物件の買付を委任したが、同訴外人は右買付をすることなく原告に無断でこれら書類を訴外秋山直慶に交付し、同書類は右秋山より転輾して右訴外島谷正雄に至つたことが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。すると前記白紙委任状は原告が右訴外島谷に代理権を与えるために交付したものでないといわなければならないし、他に原告が同訴外人に代理権を授与したことを認めるに足る証拠はない。しかしながら白紙委任状を交付するものはその目的の如何にかかわらず該白紙委任状の呈示を受けたものに対しその呈示者を自己の代理人とする旨表示したものと見るのが相当である。それで本件につき考えるに右原告発行の白紙委任状は前段認定した如く訴外高木繁一に代理権を授受するためのものであつたけれども原告本人の供述により認められる原告が漁網製造業者であつて商工省より右綿撚糸の割当を受けていた事実、原告は右割当証明書とともに自己の白紙委任状を訴外高木繁一に任意交付した叙上認定事実並びに成立に争のない乙第二号証により明らかな如く右白紙委任状には受任者及び代理権限がいずれも一切空白である事実に徴するに、原告は右割当証明書とともに右白紙委任状の呈示を受けた被告に対し、これら書類を呈示し右割当物資の売渡を求めた訴外島谷正雄を自己の代理人とし同人に右買受に、必要な一切の権限を授受した旨表示したものと解すべきである。従つて原告と右訴外人間に為された売買契約締結及び弁済受領については原告はその責に任ずべきものといわなければならない。この場合民法第百十条は適用せらるべきでないとの原告の主張は正当であるが、同法第百九条の適用を見るべきであつて、訴外島谷の右表見代理行為をもつて無権代理行為となす原告の主張は到底容認することができない。尤も原告は訴外島谷が原告を代理して本件物件を受領する権限を有していなかつたことを被告は知つていたものであると主張するけれども、原告の全立証によるも右事実を認め難く原告はまた、被告の過失を主張するけれども、証人高木繁一、同池田昇蔵の各証言によれば本件物件につき右取引当時割当証明書に白紙委任状を添附して呈示すれば代理人とでも現物の受渡が為されていたことが取引の常態であつたことが認められ、従つてこれら書類が転輾した場合右書類の呈示によつて被告がその所持人に代理権があると考えても過失であるとはいい得ない。更に原告は被告が本件物件を原告方に直接輸送し引渡すべき義務に違反したから過失があると主張するが、右は島谷に代理権があると信じたことにつき問題とすべき過失には当らない従つて被告に悪意又は過失ありとの原告の主張は採用できない。

また原告は復代理人は復代理人を選任することができないから訴外島谷が原告の代理人であつた訴外高木繁一の代理権を譲渡により順次に代理していると為し得ないと主張するけれども、白紙委任状の譲渡はもとより復代理人の選任ではなく受任者たる地位の譲渡と見るべきであるから、右をもつて復代理人の選任なりとの前提に立つ原告の右主張は採用の限りではなく、猶原告は本件売買の目的物件は統制物資であるから代理権の範囲も統制法規の趣旨により制限を受けるもので本件弁済受領の如きは正にその制限に服すべきものであつて原告に対してその効なきものであると主張するが、統制物資といえども代理人により受領せられることは何等差支なく、殊に右白紙委任状の譲渡は受任者たる地位の譲渡と解すべきこと前段説明の通りであつて、給付の目的物が統制物資であると否とによりその効力を異にするものと解すべき根拠はないから右原告の主張も採用できない。又原告は割当証明書に白紙委任状を附してこれと引換に綿撚糸の加工売買或は現品引渡を為す慣習は公序良俗に反するし、たとえ訴外島谷が債権の準占有者であつてもこれに対する弁済は統制法規に違反し原告に対しその効力を生じないと主張するがいずれもその理由を認め難く採用の限りでない。

そうしてみると被告が昭和二十四年四月二十三日訴外島谷正雄に対して為した本件物件の引渡しは原告に対する弁済として有効であること明らかであるから、右弁済の未了乃至無効を前提としこれが履行を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 畑健次)

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